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東京地方裁判所 昭和24年(行)50号 判決 1949年12月13日

埼玉県浦和市前地百二十七番地

原告

鶴岡輝

東京都千代田区丸の内三丁目

被告

東京都知事 安井誠一郞

右指定代理人

東京都事務吏員

三谷淸

右当事者間の昭和二十四年(行)第五〇号昭和二十三年度地租並びに附加税賦課処分取消請求事件について当裁判所は次の通り判決する。

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告が昭和二十四年二月二十一日附(昭和二十四年二月二十六日到達)をもつて為した原告所有の別紙目録記載の土地につき原告に対し異議申立を却下して賦課した地租都市計画税並びに地租附加税金三万四千三百十五円也の決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、請求の原因として、被告は別紙目録記載の原告の土地に対する昭和二十三年度地租、都市計画税並びに地租附加税として金三万四千三百十五円也を賦課決定し、その徴税令書は昭和二十三年十月二十八日及び十月二十二日夫々原告に送達されたので、原告は被告に対し昭和二十三年十一月十一日異議申立を為したが、昭和二十四年二月二十一日右異議申立を却下する旨の被告の決定があつた。しかし右決定は次のような理由により不当又は違法と思料する。

(一)  被告は本件税額中地租附加税については、特別区長に異議を申立てるべきであるとしてこの部分については審査をなさなかつたが、附加税は本税に従属して運命を共にするものであつて本税たる地租と別個に異議の申立をすることは無意味であつて、地方税法第二十一條第三項の市町村税とは普通税中都道府県附加税を除く独立税を有するものである。

従つて本件地租附加税についても被告に対し異議申立ができる筈である。しかし、もし仮に附加税は本税たる地租とは別に特別区長に異議を申立てるべきものとすれば、被告は原告の異議申立を受理した際直ちにこの部分の申立を却下するか又は特別区長に移送の決定をなすべきもので、かかる措置をなさず日時を経過し、原告をして地方税法第二十一條第三項所定の期間内に異議申立をする権利を失わしめたのはいずれも違法である。

(二)  地方税法第五十五條及び同附則第百四十五條は標準賦課率を定めたもので、地方公共団体は此の標準賦課率の範囲内において妥当な税率を定めなければならないのに、被告は東京都の逼迫した財政状態を地方税法第十一條に所謂財政上特別の必要ある場合と解し、前年二十二年度の税額の七・三倍という高率の増徴を当然と是認したのは甚だ不当である。

(三)  地租は收益税であることは財政学上の定説であつて、従つて地租の税率は土地から生ずる收益の範囲内で公租公課、修繕費その他土地の維持、保存に必要な費用を償つて充分余りあるように定められなければならないのに、本件賦課率は地租は土地台帳法による土地賃貸価格の百分の百、都市計画税は本税一円につき四十銭、地租附加税は本税一円につき一円計百分の二百四十という高率であつて、收益税としての実体を喪失せしめる。かかる高率の賦課処分及びその基礎となつた地方税法附則第百四十五條は憲法第二十九條第一項に違反するものであるから、本件賦課処分は取消されるべきであるに拘らず、これを理由なしとした被告の決定は違法であると述べ被告主張の事実中本件徴税令書が特別区長の名で発せられたことは認めるが、その他の事実は否認すると答え、立証として甲第一、二号証を提出し乙各号証の成立を認めた。

被告指定代理人は本訴請求中地租附加税に関する部分につき訴の却下を求め、地租附加税は特別区税であつて都税でないから、この部分につき東京都知事は被告としての適格を持たないと述べ更に主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中被告が昭和二十四年二月二十二日附の決定をもつて原告に対する昭和二十三年度地租、都市計画税及び地租附加税についての異議申立を却下したことは認めるが被告が本件地租、都市計画税及び地租附加税を賦課した旨の主張並びに右決定が違法乃至は甚だしく不当であるとの主張は否認する。都税は地方自治法第百五十三條第二項及び東京都税條例施行規則第四條により当該土地所在を所轄する特別区長が都知事の委任に基いて賦課徴收する権限を有し、又附加税は特別区税であるから特別区長が当該区の執行機関として賦課徴收するものであるから、本件地租都市計画税及び地租附加税は被告が賦課徴收したものではない。

又(一)被告は原告の異議申立中附加税に関する部分を特に切離して先に決定し、又は特別区長に移送すべき義務はない。原告は被告の決定前にあつても附加税の分については所定の期間内何時でも特別区長に対し異議の申立をすることができたのであるから、異議申立権を失わしめたという原告の主張は当らない。(二)地方税法第五十五條にいう標準賦課率とは地方公共団体の普通の財政状態において採用すべき賦課率をいうのであつて、原則としてこの率以下でも以上でもあるべきではない。財政上特別の必要があると認める場合には標準賦課率を超えて課税することを認めた地方税法第十一條の趣旨からすれば財政的余裕のない東京都が東京都税條例(昭和二十三年九月條例第九十七号)第四條に基く別表において、地方税法第五十五條及び第百四十五條に決定する標準賦課率をもつて東京都の地租賦課率を定めたことは当然である。(三)昭和二十三年度分の地租においては、地代、家賃統制令の改正が昭和二十三年十月十一日から施行されたためこの一年分の地代と地租とを対比すれば原告の主張するような土地の維持に必要な経費を償つて十分余りあるという程度には余裕がない場合を生ずるかも知れないが、もしこのような場合があるとすればこれは昭和二十三年度分の地租に限り過渡的に生じた理由で次年度からはこのようなことはあり得ない。又地租の性質については社会経済情勢の変転に応じて変り得る解釈上、財政政策上の問題であるから、もし仮りに右のような現象が生じたとしてもこれをもつて直ちに当該賦課処分を違法と断ずることはできない。なお本件賦課処分は地方税法、東京都税條例等に基いて適正になされたもので、この点についても何等の違法はない、と述べ、立証として乙第一、二号証を提出し、甲各号証の成立を認めた。

理由

被告は、地租附加税に関する訴の却下を求めるが、本訴は、地租附加税についての異議申立を却下した被告の決定に対し、裁決庁たる被告を相手方とする訴であつて、特別区長の地租附加税賦課徴收処分に対する訴ではないから適法であつて被告の右主張は失当である。

原告所有の別紙目録記載の土地に対する昭和二十二年度地租、都市計画税及び地租附加税として東京都港区長名義をもつて昭和二十三年十月二十三日に金一万二千八百五十円、東京都品川区長名義をもつて同年十月二十日に金二万一千四百六十五円が賦課決定され、原告が被告に対し同年十一月十一日異議申立を為したが昭和二十四年二月二十一日右異議申立を却下する旨の被告の決定があつたことは当事者間に争がない。しかして(一)地租附加税は特別区長に異議を申立てるべきで被告の審理すべき限りでないとする右決定を、原告は違法であると主張するが、地租附加税が特別区税であることは地方税法第百二十二條、第九十九條により明白であつて、同法第二十一條第三項、第百三十二條によれば、特別区税の賦課についての異議申立は特別区長に為すべく、同條同項から附加税を除外する旨の定がない以上附加税の異議申立も他の特別区税と同様に特別区長に為すべきであり、又附加税の異議申立を他の特別区税と区別すべき実質上の理由もない。従つて被告は本件地租附加税の異議申立について審理をなすべきではなく、この点に関する原告の主張は理由がない。又被告は原告の異議申立の中地租附加税の異議申立の部分を他から分離して先に決定し、又は所轄の特別区長に移送すべき義務もない。原告は地租附加税の分については被告の決定はなくとも所定の期間内に何時でも所轄の特別区長に対しその異議を申立てることができるのであつて原告自身の右期間の経過を被告が右のいずれかの処置に出なかつたことに理由づけようとする原告の主張は、自己の過誤の責任を被告に帰そうとするものである。(二)本件の土地(東京都港区及び品川区所在)の地租賦課率は東京都税條例第四條に基く別表によれば土地台帳法による土地賃貸価格の百分の百であつて地方税法第五十五條及び同附則第百四十五條に定められた標準賦課率である。地方税法第五十五條にいう標準賦課率は地方公共団体の普通の財政状態において採用すべき賦課率をいい、賦課率の最高率を限定したものではない。又同法附則第百四十五條は、課税の標準とされた従来の土地賃貸価格は経済情勢の激変に伴い他物価との均衡上改定される必要があるので、それまでの暫定的な処置として定められた標準賦課率である。従つて東京都税條例がこれら二ケ條に規定される標準賦課率を東京都の地租賦課率に定めたことは当然で何等不当と見るべきものではない。なお、本件土地の賦課率は標準賦課率であつて、地方税法第十一條に所謂財政上特別の必要があると認めて標準賦課率を超えた賦課率を定めた場合ではないから、被告が東京都の逼迫せる財政状態を同條の「特別の必要ある場合」と認定したものでないことはいうまでもない。

地租が收益税であることは、抽象的、概括的な概念であるから、地租は如何なる場合にも土地の收益の範囲内でなければ課税できないというような嚴格な意義をもつものではない。従つて国家の財政状態や経済政策によつて具体的に定められた地租が土地の收益を上廻るような現象を生じたとしても、それによつて直ちに地租の本質に反するものということはできない。地方税法附則第百四十五條が制定せられたのは、当時の標準賃貸価格が経済事情の変化に照し著しく低額であつて同法第五十四條の賦課率によれない財政上の必要から、近く予想せられていた標準賃貸価格及び地代家賃統制令の改正を見るまでの短期間の臨時の処置を必要としたからであつてこれに対応して地代等値上に関する地代、家賃統制令の改正が行われたのであるが、その施行が昭和二十三年十月十一日となつたため、昭和二十三年四月一日から同年十月十日までの地代は旧地代によらなければならないので昭和二十三年四月一日からの地租の増徴に並行しないこととなるがこれは昭和二十三年度分地租に限る過渡的な現象にすぎず、原告がいうように税源を枯渇せしめるような性質のものではない。以上説明の通り、たとえ地方税法の制定と標準賃貸価格及び地代、家賃統制令の改正とが相伴わなかつた憾みがあり、原告の言及するようにその時間的空隙に対する適当な措置が望ましかつたとはいえ、前記法條が憲法第二十九條第一項その他に違反する無効のものということができない。而して東京都の本件賦課処分は右法條を基礎としてなされたものであつて、これと地租附加税の合算額が賃貸価格の百分の二百四十に上るとしてもそれが一時の過渡的現象にすぎず、地租の基本理論に反するものでないことは前に説明したところであつて、原告の所論は結局税率の合計が高率にすぎるというに帰着するにすぎず、東京都の本件賦課処分が憲法第二十九條第一項その他の條章に違反するものとは到底いうことができない。

以上の通り原告の主張はすべて理由がなく、被告が原告の異議申立を却下したのは正当であつて、被告のなした決定に違法或は不当の点は何等認められないから、原告の請求はこれを棄却すべきものとし、訴訟費用については民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 近藤完爾 裁判官 和田嘉子 裁判官 小村哲郞)

物件目録

<省略>

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